【第163回】間室道子の本棚 『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎/朝日新聞出版

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
* * * * * * * *
 
『ペッパーズ・ゴースト』
伊坂幸太郎/朝日新聞出版
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
 
* * * * * * * *
 
 
鍵を握るのは、「飛沫感染」!

コロナ禍が続き、うんざり。まだまだ不安も多い。でもいつか「あのときは大変だった」と時代を過去のものとして語れる時がくるはず。で、<「三密」とか「不要不急」とか「まんぼう」とかコロナ新語と呼ばれるものがたくさん出たけど、「飛沫感染」、あれを使った面白い小説があったな>。そんな思い出し方ができるのが『ペッパーズ・ゴースト」!

主人公は学校の先生で、飛沫感染を受けるとある特殊能力が発揮できる。でも他人になかなか信じてもらえないし、役に立てるかどうか微妙。こんなすっとぼけた設定も伊坂作品らしい。

そしていろんな登場人物。私のお気に入りは猫種から呼び名を取ったアメショーとロシアンブル。二人は必殺仕置き人でリストをもとに人々を訪ね歩いては暴力を振るう。でも加虐趣味、残虐嗜好ではない。彼らは「忘れ物のお返し」をするのである。きっちり、返します!

お前たち金で雇われているのか、倍払うぞ、と言い出すターゲットは多い。でも「俺の放置品を俺のでなかったことにしてくれ」は道理が通らない。ましてやそんな要求をするってどんな忘れ物だよ、後ろめたさ全開じゃん!である。

二人の性格もいい。明るいアメショーと心配性のロシアンブル。前者は椅子に縛りつけたターゲットにお気楽に話しかけたあと沸騰したやかんを(このあと自粛)。まあこういうのはバイオレンス系の小説でままある。アメショーがすごいのは、このあと「じゃあもう一回沸かしてくるね!」と足どり軽く台所に向かうこと。後者はマダニから大量破壊兵器、肝硬変まで、目にするもの耳にするもの体で感じるものすべてにくよくよ。でも完全武闘派。なんて人たちなの!大好きよ!

そして本書にはニーチェが出てくる。そう、「暗そう」「難解」「冷たそう」と三拍子そろった哲学者。あるサークルの人々をとりわけ打ちのめすのは「永遠回帰」の考えだ。「人生は長いスパンで見れば同じことの繰り返し」「一人ぼっちで生きてきて、やっと出会えた人を失う。立ち直っても同一の未来が待っている」。べらぼうな絶望。

というわけで、サークルはあることをしでかすのだが、私の考えでは、永遠回帰は「どこで区切るか」じゃないのかな。「苦しみを乗り越えた先に同じ苦しみが」。でもそれが続くんでしょう?だったら「乗り越えた先の苦しみもまた乗り越えられる」でいいじゃない!

天然痘、ペスト、コレラ、スペイン風邪、結核、チフス、そして現在。「大丈夫になったとてまた次が」ととるか「次が来たとてまた大丈夫」とるかはあなた次第!

そして伊坂さん訳の(?!)ニーチェの名言「これが生きるってことだったのか、よし、もう一度!」。"よし、"っていいよね。踏切板を思い切り踏む感じ。わたしはとっても勇気づけられたよ!
 
* * * * * * * *
 
 
 
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

SHARE

一覧に戻る

STORE LIST

ストアリスト