【第125回】間室道子の本棚 『累々』松井玲奈/集英社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『累々』
松井玲奈/集英社
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タイトルを知った時、ぞわぞわした。まず、これはいい意味では使われない。すぐに頭に浮かぶのは「死屍累々」。山のように人が倒れていてその全員が死んでしまっている、という様だ。ほかにも「倒壊した建物」とか「支払いの済んでいない請求書」とか、駄目になったもの、マイナスなものが山をなす時この言葉は使われる。本書に死体は出てこない。ではなにが、というと愛だ。この本は、死んだ愛が累々と積み重なる物語なのである。

連作短編集であることを最大に活かした、たくらみに満ちた作品。一話目に出て来るのは二十三歳の「小夜」だ。半同棲中の七歳上の恋人からいつもの夕飯時の話題のひとつみたいな感じでプロポーズされ、彼女はもやもやする。「ロマンがないから」ではない。結婚し出産したことで、親友は別人のようになった。小夜が感じているのは妻としてやっていけるかしら、という単純なマリッジブルーではなく、自分の輪郭が溶け出し別な生きものになるくらいの動揺なのだ。

二話目に登場するのは、愛する彼氏の友人とセフレ関係にある「パンちゃん」。なぜこんな不適切な関係になったか。男性読者は「ひえー」と首をぶんぶん横にふり、女性は「へええ」とうなずくのではないか。

三話はパパ活をしている「ユイ」とパパである「私」の物語。四話は美術大学を舞台に、先輩に一目惚れして一種異様な関係になった二年生「ちぃ」の恋のてんまつが描かれる。

どのお話の女性も、最初自分が良しとしたものに適応できなくなっていくのが読みどころ。それぞれ息苦しさを感じながらも、アクセルとブレーキをいっぺんに踏むような関係から降りられない。それが彼女たちの愛を殺すし、目の前の男の想いを死なせたりする。また、過去の死んだ愛を思い出すことになったりする。

最終話である五話目を、ハッピーエンドと取るか、バッドエンドと取るかは読み手に委ねられている。私は後者だった。

これはまるで愛の葬式ではないか。取れかかったボタン。おそろいではない品。テーブルの上にあるのは崩壊をモチーフにしたケーキ。ダリアの花言葉のひとつは「裏切り」だ。

「いろんな顔を持つ」という時、1+1+1+1は4になるし、多面性を持つことでその人は落ち着いたり自由になったりする。でも最終話の女性の、のっぺらぼうぶりはどうだろう。
すべての関係者を集めても、自分の1+1+1+1はゼロ。安定も安楽も解放もない―彼女が感じたであろう絶望は、いたましい。

最後に読み上げられるメッセージも、本気の祝福と見るか、強烈な皮肉と取るかは読者次第。 (たとえば皆さんは、「あなたの素敵な家族生活、友情に満ちた日々は、あなたとご両親、お友達がつくりあげた作品なのね」と言われたら喜べる?)

メッセージを聞いたヒロインは「何度か瞬きを繰り返した後、歯を見せて大きく笑った」とある。その心の中で、愛は生きながらえたか、死んでしまったか。

ラストの男性の行為も、私には不吉に思えた。「今も幸せ」といいながら、なぜこんなことが必要なんだろう。最良だった時を見つめるその目の中で、愛は生きているのか、死んでいるのか・・・。

大人のための作品。作家・松井玲奈の才能に脱帽する。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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