【第124回】間室道子の本棚 『日曜日は青い蜥蜴』恩田陸/筑摩書房

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『日曜日は青い蜥蜴』
恩田陸/筑摩書房
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私はお笑いが好きで、芸人・松本人志さんを信頼している。熱心なファンというわけではなく「毎回見るテレビもあるけどこれは見ない」もあるし、ダウンタウンの代表作と言われるコント番組に至っては、どこが面白いのかよくわからないのだ(すみません)。でも、彼を信用してる。どういうことなんだろうと考えていて、先日その謎が解けた。

松本さんがチェアマンを務める大喜利番組で、ある出場者の回答に爆笑した後、彼がしみじみつぶやいたのをマイクが拾っていた。

「面白い。なんでやろうなあ。なんで面白いんやろう。不思議やね、お笑いって」

彼の一世代上のいわゆる「BIG3」で、「笑いって不思議」と今も思っている人はいないだろう。一人は悠々自適にお笑いの海を漂っているし、一人は家族や軍団から離れ、新たな遠泳に乗り出した。もう一人はいまだにがむしゃらな抜き手を周囲に見せつけながら、今日は溺れたふりで笑わしたる、とウキウキしてる。そんなイメージの彼らは、自分の泳ぎ方は考えても「なぜ人は水に入り、バチャバチャやりながら前に進もうとするのか。泳ぐって謎だよね」からは卒業したのではないか。

若手で「お笑いは不思議」は多いかもしれない。でもそれは「意図してないところで受け、狙ったところですべった」だろう。「不思議」は「思うようにいかない」とおそらく同義語だ。

来年で芸歴四十年。「帝王」と称賛され、発言が注目され、どんどん企画もし、強烈な才能にヤラれた後輩たちが「ダウンタウン病」と呼ばれている。そんな松本さんが、今も笑いを不思議がっている。「彼のゴールはまだ先なのね」ではないのだ。ゴールとは「この先はしなくていい」である。そういう線すらない、大きなものを彼は本能的にとらえ続けている。私が信用しているのはここなのだ。

で、本書が頭に浮かんだ。人気作家で、『蜜蜂と遠雷』で本屋大賞と直木賞をW受賞した恩田陸さんが、いまだに「物語って不思議だな」と思ってるのがありありとわかるエッセイ集なのである。

既刊のエッセイからもうかがえるが、彼女が目指しているのは「面白い小説」である。だからひたすら読書するし、一作書き終えた後へとへとになりながらも「まだどこかにとてつもないお話があり、次はそれを書くことができるんじゃないか」と思って新作に挑む。忙しくてひとの本を読んでる時間はない、という作家が多い中、恩田さんが「私が読書をやめたら執筆もやめるだろう」と言っているのは有名である。ここまでわが身を魅了し、有無を言わせず「そこ」へ連れていってしまう物語ってすごい、どうなってんの、と目を見張っているのが、芝居、映画、書物、街(彼女にとって、物語のあるものはすべてエンタメである)への言及から伝わってくる。

一作を語っているのに膨大な蓄積が見えるのが読みどころ。作品の肝=「ここをひっ摑んで来れば、相手は食いつく」の見つけ方がすごくうまいし、エッセイのとどめの刺し方=「これを語る時にそれを出すのね」に毎回シビれる。

沢木耕太郎のエッセイについて「構造が丸谷才一に似ている。どちらも”窓から入って正面玄関から出る”みたいな印象」と書く。「漫画家よしながふみの登場人物は、それぞれの人生のツケをきちんと払っている」と指摘する。「向田邦子の家族ドラマの後継者がこんなところにいた」と吉田秋生の『海街diary』を紹介する。

書くと読むがこれだけクロスしているからだろう、彼女の評には「私たちが恩田作品を読む時感じるそのまま」がある。たとえば山本周五郎について「読んでいる時の、大きなふところに抱かれているかのような安心感。隅々までおおらかなエネルギーが満ちみちていて、読んでいるほうにもそのエネルギーが常に流れこんできて、ちっとも息切れしないのだ」―これはもう、恩田ワールドですよ、と言いたくなる。

何度読み返しても楽しめる、比類なき随想&エンタメ批評集。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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