【第119回】間室道子の本棚 『なくなりそうな世界のことば』 吉岡乾・著 西淑・イラスト/創元社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『なくなりそうな世界のことば』
吉岡乾・著 西淑・イラスト/創元社
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今回紹介するのは『なくなりそうな世界のことば』。2017年の刊行だけど、特別な理由があるのだ。

十二月、ラジオ番組とのコラボで、当店のギャラリーで年賀状の文例を展示することになった。

「謹賀新年」や「A HAPPY NEW YEAR」のあと何か添えたいけれど、「年賀状文例集」からだとありふれてるなあ(「旧年中は格別のご高配を賜り」とか「皆さまのご多幸をお祈りいたします」とか)と、頭を悩ませてる人がけっこういる。なにか代官山から提案できないか、となって(なにせ番組スポンサーは日本郵政さん)、全スタッフに「年賀状文案緊急大募集」となったのである!

でもこれってあんがい難しい。「ちょっといい話」的なものは「月曜の朝礼で校長先生が毎回ひねり出してくるスピーチ」みたいになりがちだし、かっこよすぎるフレーズは「センス狙い」が透けてみえちゃう。名言のようでいてエラソーでなく、ぬくもりがあって、しかも知ったら誰かに教えたくなるもの・・・。西淑さんの、明るくかつ落ち着きのあるイラストに呼ばれるように手に取ったのが本書だった。タイトルどおり、世界の絶滅危惧言語が載った絵本タイプの書籍である。

以下がわたしの文例だ。

【代官山 蔦屋書店 文学コンシェルジュからの年賀状その1

あけましておめでとうございます
世界には、話す人がとても減っていて、なくなりそうな少数民族の言語があります。
でもそれらはとてもユニークで、心やさしい意味や響きを持っているものも。

フィジーの挨拶は、どの時間帯でも「ンブラ」。
「こんにちは」をあらわすこの言葉には、「生きる」そして「命」の意味もあるそうです。

誰かに元気で挨拶できる喜びが身に染みた2020年でしたが、
2021年が「ンブラ!」に満ちた年になりますように。】

もうひとつ。
【代官山 蔦屋書店 文学コンシェルジュからの年賀状その2

「ヴェヴァラサナ」
これはナミビアやボツワナで使われるヘレロ語で「彼らは尊敬しあう」という動詞。
転じて「遠く離れていても気持ちは通じあっている」という意味合いにもなるそうです。

会えない誰かを強く思うことで、「どこにいても私たちは大丈夫」と気持ちを深めた人もきっと多かった2020年。
2021年、「ヴェヴァラサナ」な人をひとり、またひとりと増やしたいものです。】

著作権が心配だったので創元社の編集さんに電話したところ、「本の丸写しではなく、かみ砕いて作るなら展示は大丈夫ですよ」とのことだった。いい人だ!!!

どうぞみなさま、本書は著者・吉岡さんのまえがきをお読み逃しなく。”世界で今話されている言語はおよそ7000。「大きなことば」と「小さなことば」があるけれど、優れたことばと劣ったことばがあるわけではありません”。もう涙。

ほのぼの系だけでなく、タンザニアの「日常的に呪いをかけるマテンゴ語のことば」も載っている。パプア・ニューギニアのトク・ピシン=英語系のクレオール語では「砂糖を入れない珈琲」と「目的のない訪問」と「おなじみの友人」が同じ単語(「ナティン」と言います。「素の状態」を差すそうだ)というびっくりもある。ページをめくるたび、わくわくが止まらない。

そして、しみじみ、の仕掛けもある。それは、この本に載っている言語がどういう順番で並べられているかだ。手に取って気づいていただきたい。おしまいのページに到達したとき、あらためて、吉岡さんのまえがきが沁みる。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。

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