【第106回】間室道子の本棚 『百年と一日』 柴崎友香/筑摩書房
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『百年と一日』
柴崎友香/筑摩書房
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どの短編にも、頭にあらすじがついている。それを読み、しかるのちに本文を読むと「ん?」となる。「これは、冒頭に太字で紹介されていたような話ではない」と思えてくるのだ。
あらすじに戻ってみる。書いてあることは間違いではない。でも本編を再読するとやはり違和感がある。短いお話だから何度も試せる。こうして、すごくよくまとめられた数行と物語本文がぶつかって読者に生まれるもの。それは時間だ。
収録作はどれも長い時をはらんでいる。なのに数ページ。戦争がはじまり、終わり、その後に内戦が起き、というお話は六ページ。男の子の名前に「正」という字がつけられる家の「正吉」「正太郎」「正彦」「正之助」の四代の話は七ページだ。
急行の止まらない小さな駅近くの祖母の家で、孫と友達二人が学校をさぼっておしゃべりしているうちに軽い口論となる話では「十年経って」という二行先に「さらに十二年経って」が出てくる。一行後に三十年が過ぎていたり、ラスト二行で畑が子どもたちのサッカー練習場になっていたりするものもある。でもそそくさ感や唐突感はぜんぜんなく、たしかな時の経過が伝わる。これはたとえて言うなら圧力鍋のような力ではないかと思う。
大根に味を沁みこませるにはどうしたって四十分は煮なきゃ、ではないのだ。「正」の字のつく男たちの奥さんが代々のならわしにどんな反応を示したかで、各夫婦の普段の生活が見える。さぼり中学生三人の口論の内容で、彼らがクラスでそれぞれどんな存在か、家で何にいらだち、もんもんとしているかがわかる。なにを描けば二言三言でこの人が生きてることを網羅する味が出せるかに、作者は意識的、意欲的だ。小説のたくらみに満ちていて、ふつうなら四十ページかかるところを四行でやり、読み手にイメージを広げる。この圧縮と開放がすばらしい!
ほとんどが、古び、年老い、亡くなる、あるいは無くなる話である。にぎわいが衰退したり、故郷がすっかり変貌したり、ランドマークが取り壊されたりだ。でも「ダメな場所、見捨てられたところになりました」でないのがいい。
そこには必ず、また誰かがやってくる。「人が働いたり暮らしたりの場ではなくなった」という終わりなら、もうここには時が流れるだけでいいんだな、という安らぎが、お話の目撃者である読者の胸に満ちて来る。
柴崎友香マジックとしかいいようのない傑作。おススメ!