【第104回】間室道子の本棚『わたしの全てのわたしたち』サラ・クロッサン 最果タヒ 金原瑞人訳/ハーパーコリンズ・ジャパン
【第104回】間室道子の本棚『わたしの全てのわたしたち』サラ・クロッサン 最果タヒ 金原瑞人訳/ハーパーコリンズ・ジャパン
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『わたしの全てのわたしたち』
サラ・クロッサン 最果タヒ 金原瑞人訳/ハーパーコリンズ・ジャパン
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腰から下がつながった十六歳の結合双生児の姉妹。物おじしないティッピと、内向的なグレース。
頭は2つ、心臓も2つ、肺と腎臓も2組、腕は4本、動く足は2本、動かないとても小さな足が1本。物語はグレースが語っていく。
大学の先生だったパパはリストラ以来、わが身の憂き目を嘆いて飲んだくれている。二つ下の妹にはバレリーナになる夢があり、あとでわかることだが自分より小さな子たちを教えてレッスン代を免除してもらっている。おばあちゃんにお金を稼ぐための労働はできない。銀行勤めをしているママが大黒柱。そのママが双子に言った。
「9月になるでしょう?そうしたら学校に通いましょう。高校2年生のクラス。他の子たちと同じようにね」
爆発し、両親と何時間も怒鳴りあうティッピと、その間血の味がするほど爪のまわりを噛んでいるグレース。明かされた本当のこと―有志の人たちの寄付金がおわった、もう家で勉強させるお金がない―に、二人はなすすべがない。
登校初日、校長先生が「慣れるまで、この子が、あなたたちの友だちだから」と女の子を紹介してくれる。ショッキングピンクの髪をした、とても痩せてるヤスミン。
用意された友だち、というのにひっかかる人もいるだろうし、誰にでも最初はあるんだから別にいいじゃない、と考える人もいるだろう。ヤスミンが先生に頼まれたのか、自ら名乗りをあげたのかはわからない。いずれにしろ彼女の内側にあったものに、皆息を呑むだろう。
そして校長先生は「当たり」だった。ヤスミンとその友だちのジョンは、双子とかけがえのない関係を築いていく。
もっと言うと、グレースはジョンに一目ぼれしている。
物語は詩の形で進行する。ヤングアダルトものの翻訳といえばこの人!である金原瑞人先生が訳したものに、詩人・最果タヒさんが詩の息を吹き込んだ。だから上記はずいぶんと「小説の紹介の文章」めいてしまっているけど、じっさいの読み味はすごく違う。ぜひ、本を手にとってほしい。
私のイメージでは、詩の言葉って水にインクを点々と落としていくようなもの。どんな色で、どう広がるかは受け手しだい。
初日の夜、ジョンのくるみ色の瞳を思いながら、グレースは、会ったばかりだとか、よく知らないとか、彼がいるからだけで高校を好きになるのは危険とか、想いをこねくりまわし、でも最後にこう漏らす。
「このままじゃ、生きることさえきみに、委ねてしまいそう」
ヤスミンがある事情を打ち明けた時、グレースは思う。
「次の授業は数学。
私たちはもっと、厄介な難問を抱えたまま、
数学の問いを、解きにいく。」
長くは書かれない言葉たちは、あなたの心にどんな模様を描くだろう。
最後に、英語のタイトルに立ち返りたい。本書の原題は「ONE」という。
「ONE」そうつぶやいてみるとき、物語の始まりとラストでは、見えるものがぜんぜん違う。
ひとつ、単体、ひとり。とてもありふれた単語が、まるで一篇の詩のように深く染み入る。400ページかけて、金原先生と最果さんが、なしとげたこと。
頭は2つ、心臓も2つ、肺と腎臓も2組、腕は4本、動く足は2本、動かないとても小さな足が1本。物語はグレースが語っていく。
大学の先生だったパパはリストラ以来、わが身の憂き目を嘆いて飲んだくれている。二つ下の妹にはバレリーナになる夢があり、あとでわかることだが自分より小さな子たちを教えてレッスン代を免除してもらっている。おばあちゃんにお金を稼ぐための労働はできない。銀行勤めをしているママが大黒柱。そのママが双子に言った。
「9月になるでしょう?そうしたら学校に通いましょう。高校2年生のクラス。他の子たちと同じようにね」
爆発し、両親と何時間も怒鳴りあうティッピと、その間血の味がするほど爪のまわりを噛んでいるグレース。明かされた本当のこと―有志の人たちの寄付金がおわった、もう家で勉強させるお金がない―に、二人はなすすべがない。
登校初日、校長先生が「慣れるまで、この子が、あなたたちの友だちだから」と女の子を紹介してくれる。ショッキングピンクの髪をした、とても痩せてるヤスミン。
用意された友だち、というのにひっかかる人もいるだろうし、誰にでも最初はあるんだから別にいいじゃない、と考える人もいるだろう。ヤスミンが先生に頼まれたのか、自ら名乗りをあげたのかはわからない。いずれにしろ彼女の内側にあったものに、皆息を呑むだろう。
そして校長先生は「当たり」だった。ヤスミンとその友だちのジョンは、双子とかけがえのない関係を築いていく。
もっと言うと、グレースはジョンに一目ぼれしている。
物語は詩の形で進行する。ヤングアダルトものの翻訳といえばこの人!である金原瑞人先生が訳したものに、詩人・最果タヒさんが詩の息を吹き込んだ。だから上記はずいぶんと「小説の紹介の文章」めいてしまっているけど、じっさいの読み味はすごく違う。ぜひ、本を手にとってほしい。
私のイメージでは、詩の言葉って水にインクを点々と落としていくようなもの。どんな色で、どう広がるかは受け手しだい。
初日の夜、ジョンのくるみ色の瞳を思いながら、グレースは、会ったばかりだとか、よく知らないとか、彼がいるからだけで高校を好きになるのは危険とか、想いをこねくりまわし、でも最後にこう漏らす。
「このままじゃ、生きることさえきみに、委ねてしまいそう」
ヤスミンがある事情を打ち明けた時、グレースは思う。
「次の授業は数学。
私たちはもっと、厄介な難問を抱えたまま、
数学の問いを、解きにいく。」
長くは書かれない言葉たちは、あなたの心にどんな模様を描くだろう。
最後に、英語のタイトルに立ち返りたい。本書の原題は「ONE」という。
「ONE」そうつぶやいてみるとき、物語の始まりとラストでは、見えるものがぜんぜん違う。
ひとつ、単体、ひとり。とてもありふれた単語が、まるで一篇の詩のように深く染み入る。400ページかけて、金原先生と最果さんが、なしとげたこと。