【第103回】間室道子の本棚『サキの忘れ物』津村記久子/新潮社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
* * * * * * * *
『サキの忘れ物』
津村記久子/新潮社
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
* * * * * * * *
「本当ならぜんぜん関わりがないような人同士が同じ場所にいて、その周囲の知らない人がさらに集まってくるから、XXって不思議よね」
P25にこんなせりふが出て来る。これを見て、本書のテーマはこれだ!と思ったし、津村記久子作品の本質がここに!とも思った。
たいていの小説で、へこたれた人を救うのは、世話好きの誰かであったり、理解者であったり、同じ道を行く仲間だったりする。ようするに他者とより深くかかわり、密度を濃くすることで、疲れは取れ、孤独は薄まるんですよ、という考えだ。
津村作品の登場人物たちはそうじゃない。彼らは人の無遠慮さや「こいつはサンドバッグにしてもいいんだ」というキメツケ、全員がなじめている中でどうして自分は浮いてしまうのかということに苦しんだり傷ついたりしているので、「他人のこれ以上の濃厚な手」はノー・サンキュー。
じゃあ、何に救われるのかというと、本書の場合は、河川敷にあらわれた動物とか、隣のビルの入り口とか、ありがたいのかもしれないけどどうしていいかわからないもの、思わず笑ってしまうようなものだ。表題作で主人公の女の子の世界を開いたのは、忘れ物の本。
千春は高校を中退し、病院に併設された喫茶店でバイトをしている。よく来るお客さんで、母親よりは年寄りで、祖母よりは若く見える女の人がいた。平日は夜八時頃やってきて、閉店までの一時間、本を読んでいる。土・日なら昼間の二、三時間、やはり読書。
ある夜、高校時代からの友達でこの店に入り浸る美結との「二百円事件」がおきる。千春は「友達」と言っているけれど、そうじゃないよ、と読んでいて誰もが思うような子なのだ、美結は!そのあと店内で、読書好きの女の人が忘れていった文庫本が発見される。この本が、千春のドアを次々に開け始める。
冒頭に紹介した「XX」には、「入院」という言葉が入るのだけど、「本」とか、「行列」とか、「まもなく閉店をむかえる紅茶専門店」とかでもいいのだ。どのお話にも、集まるけど理解し合うことが目的ではなく、これ以上はお互い立ち入らない線引きが見えているところで起きる、人と人とのスパークが描かれる。持続にとらわれない、小さな、光のような出会い。
自分がダウンしている時でも、そばにいる誰かが毅然と立ちあがる様子を見て、元気になることがある。津村作品の登場人物たちは、相手の心の濃度ではなく、単純明快な行動にハッとし、勇気づけられる。それを読むこちらも、本を閉じる時、気持ちがすっと整っている。
新しいタイプのお仕事小説、軽やかな人間関係の全九話。ぜひどうぞ!
P25にこんなせりふが出て来る。これを見て、本書のテーマはこれだ!と思ったし、津村記久子作品の本質がここに!とも思った。
たいていの小説で、へこたれた人を救うのは、世話好きの誰かであったり、理解者であったり、同じ道を行く仲間だったりする。ようするに他者とより深くかかわり、密度を濃くすることで、疲れは取れ、孤独は薄まるんですよ、という考えだ。
津村作品の登場人物たちはそうじゃない。彼らは人の無遠慮さや「こいつはサンドバッグにしてもいいんだ」というキメツケ、全員がなじめている中でどうして自分は浮いてしまうのかということに苦しんだり傷ついたりしているので、「他人のこれ以上の濃厚な手」はノー・サンキュー。
じゃあ、何に救われるのかというと、本書の場合は、河川敷にあらわれた動物とか、隣のビルの入り口とか、ありがたいのかもしれないけどどうしていいかわからないもの、思わず笑ってしまうようなものだ。表題作で主人公の女の子の世界を開いたのは、忘れ物の本。
千春は高校を中退し、病院に併設された喫茶店でバイトをしている。よく来るお客さんで、母親よりは年寄りで、祖母よりは若く見える女の人がいた。平日は夜八時頃やってきて、閉店までの一時間、本を読んでいる。土・日なら昼間の二、三時間、やはり読書。
ある夜、高校時代からの友達でこの店に入り浸る美結との「二百円事件」がおきる。千春は「友達」と言っているけれど、そうじゃないよ、と読んでいて誰もが思うような子なのだ、美結は!そのあと店内で、読書好きの女の人が忘れていった文庫本が発見される。この本が、千春のドアを次々に開け始める。
冒頭に紹介した「XX」には、「入院」という言葉が入るのだけど、「本」とか、「行列」とか、「まもなく閉店をむかえる紅茶専門店」とかでもいいのだ。どのお話にも、集まるけど理解し合うことが目的ではなく、これ以上はお互い立ち入らない線引きが見えているところで起きる、人と人とのスパークが描かれる。持続にとらわれない、小さな、光のような出会い。
自分がダウンしている時でも、そばにいる誰かが毅然と立ちあがる様子を見て、元気になることがある。津村作品の登場人物たちは、相手の心の濃度ではなく、単純明快な行動にハッとし、勇気づけられる。それを読むこちらも、本を閉じる時、気持ちがすっと整っている。
新しいタイプのお仕事小説、軽やかな人間関係の全九話。ぜひどうぞ!