【第88回】間室道子の本棚 『かわうそ堀怪談見習い』柴崎友香/角川文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『かわうそ堀怪談見習い』
柴崎友香/角川文庫
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藤野可織さんの巻末解説で「この本の謎が解けた!」と思った。"人は「幽霊を見たことがありますか?」と聞いたり、「私は幽霊を見たことがある」と言ったりするけれど、幽霊を「見る」ことの多くは、本来幽霊に「見られる」こと込みで起こるはず"とあるのだ。

そうそう、そうなんだよ、と言いたくなるお話が本書にはいっぱいだ。つまり、本書は一方的なお化け遭遇譚、怪奇目撃談ではなく、「幽霊が私を見た話」として読むと非常にしっくりくるのである。

主人公は女性作家で、恋愛小説を書いたつもりはなかったがデビュー作がテレビ化され、「恋愛ドラマ」として当たりを取ってしまった。その後の依頼は"あんな感じのものを"ばかり。自分の顔写真の下についには「恋愛小説家」とあるのを見て、抵抗を感じたというか、いまさらながら仰天したというか、そんなこんなで彼女は怪談作家になろうと思い立つ。

この飛び方がすごい。「背泳ぎ専門の選手と言われるのが嫌になり山登りを始めました」ぐらいの異次元大跳躍である。こんな人なら、あの世のものからに目撃されてもうなずけると思った。

主人公は交差点で停止したバスの車内から外のたばこ屋にぼんやり目を向け、二階の窓からぼーっと外を見下ろしているおばちゃんを見る。そして「あの人、わたしを、見ている」と直感する。バスが発車し、いつのまにか窓が閉められたたばこ屋の二階に彼女は視線を送り続けるが、閉じられた奥からなにものかがこちらを見送っているのを感じる。

買った本がどうしてもお店に戻ってしまう話もある。主人公は最初紛失したのかと思って、後日同じ古本屋の同じ棚に同じ本があるのを見つけて買う。また本は消える。翌週古書店にいくと、あった。ねんのため、100ページ目に彼女が鉛筆でつけた☆マークのある本が・・・。奇妙なのは店番の男の人で、彼女が話しかけてもうつむいて何かに文字を書き続け、返事をしない。

ここまで読んで、ふと、女性作家のほうが幽霊なのかな?という思いが浮かんだ。

たばこ屋の二階からバスを見下ろしていたおばさんは、車内にこの世のものではないものがいるのを見て、あわてて窓を閉めたのではないか。そしてあれはなんだったんだろう、とバスの走り去った方向に目をやり続けたのではないか。

古書店の男の態度も、オバケに遭った人の典型的行動と思うとしっくりくる。本屋が現世で、女性作家は超次元からやってきて本を買う。だけど書物は時空を超えることができずに元の場所に還ってくる。店番男性からしたら、異様な雰囲気の女がやってきては同じ古書を買い、でもその本はいつしかまた店に戻っているのである。きみがわるいではないか!そして私の考えでは、おそらくこの世のレジの、その本の代金が毎回消えるのだ。おそろしいではないか!!声をかけられても「返事しちゃだめだ!」と自分に言い聞かせて必死にうつむき、無視するのもうなずけるというもの。

主人公の体験も、人から収集した話も、注意深く読むと、「話し手」と「見たもの」、どちらが恐怖の対象なのか、あいまいになってくるのが読みどころ。しろくてまるいいきものさえ、自分を見つめる女性作家自身を恐れ、逃げている!

「知らない世界」「異形」は、どっち?そう思って読むと二倍話が楽しめる、新感覚の27の怪談。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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