【第87回】間室道子の本棚 『出会いなおし』森絵都/文春文庫
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『出会いなおし』
森絵都/文春文庫
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人間は見た目が何割だとか第一印象がすべてとか、忙しい現代人は「出会ってすぐの勝負」にきゅうきゅうとしがち。確かに「あの人は駄目」と一度思ったら、思われたら、拭うのはたいへんだ。でも意外な逆転はある。本書はそんな6つの短編集で、おすすめは二話目の「カブとセロリの塩昆布サラダ」。
主人公は50代の主婦・清美。共働きをしているが、夫婦の夕食は全品手作りがモットーだ。ただ、ひどく疲れた日やツキに見放された日は一品だけ出来合いのお惣菜を買うことを自分に許している。ある日の帰宅時、地下道で男に体当たりされバッグの中身をぶちまけてしまった彼女は、デパ地下に向かう。
新商品<カブとセロリの塩昆布サラダ>を買って帰った彼女は台所で気づく。セロリに混じっている白い半月切りのものは、どう見ても、そして食べても、カブではなくダイコンだ!
困惑した彼女はデパートに電話をするが、忙しい時間帯で受付嬢が売り場につなぐことができずに折り返し対応になる。三十分後に電話を寄越した二、三十代と思われる男性チーフは「ダイコンのはずがない」とキレ気味に言い張り、清美をクレーマーと思っているのがミエミエの会話が続く。
失礼きわまりないものの、チーフの口調にはとりつくろいやごまかしの気配がない。どうやら彼は本気で「あれはカブ」と信じ込んでいるようだ。清美はある提案をし、ふたたび折り返しの電話を待つが、掛けてきたのはチーフではなく主任だという女性で、カブ・ダイコン問題の真相を告げ、プロっぽくお詫びを並べ立てた。しかし清美は満足できない。いよいよ主任にもクレーマー扱いをされそうだったが、その後清美の切なる思いをすくってくれたのは・・・。
出会いなおしには「仕切り直し」の意味がある。ただの「再会」ではなくそこにたどり着くには向き合う二人に「懸けるもの」が必要だ。清美のカブ愛が噴出するシーンには笑ってしまったが、あのドトウの羅列の裏にあるのは「食材としてカブが好き」ではなく、今まで何十年とやってきた主婦のプライドをなめないでほしい、という祈りにも似た熱だ。それに応えた人物と、落とし前の付け方に拍手。
すべての収録作で、登場人物たちは自分を懸けて誰かに会う。起きたことは変えられないけど、過去と出会いなおすことはできる。自分が囚われ続けていたことは周囲にとってはたいしたことじゃなかったとか、別な意味を持っていたとか、隠されたものがあったとか、人は出会いなおしを重ねることで、人生がどっしりと、立体的になっていく―そんな読後感がすばらしい。