【第85回】間室道子の本棚 『発注いただきました!』朝井リョウ/集英社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『発注いただきました!』
朝井リョウ/集英社
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好きな作家の作品を、意外なところで見かけることがある。たとえば津村記久子さん。三菱UFJ信託銀行のHPに全10回の書下ろしショートストーリーが載っているのだ。とても面白く、お金にまつわる物語を嫌味なく、ビンボー臭くなく、世の中所詮金よのうホッホッホにもならずに書けるってすごい、とますますファンになったのだが、こういう出版社ではない媒体って、どう話が来るんだろう。

津村作品を出しているところに連絡があり「うちは銀行なんですが、連載の話をおつなぎいただけますか」というルートをたどるのだろうか?津村さんがここに口座を持っており、窓口に行った時「あなたは小説を書いておられる方ですよね。うちのサイトでお金の話をぜひ!」と言われたりするのだろうか??

今回紹介するのは朝井リョウさんの、お菓子や化粧品などの会社から依頼された原稿を集めた短編集で、新聞社や出版社といった活字系であっても、新聞の名古屋版からの「ふるさとである岐阜を離れて東京で生活するようになった思いを踏まえて書いて」だの「うちの雑誌の20周年記念号に掲載するので、"20"にまつわるお話を」などコアな内容ぞろい。

うるさいことを言うと書かないかも、と危惧されるのか、「はじめに」によると、現在朝井さんに来る通常の小説やエッセイの仕事で条件を突き付けられることは減ったらしい。だから設定やキイワードを提示されると「ちょっと燃える」そうだ。「いいトレーニング」とも書いている。

物語を楽しむとともにぜひ注目してほしいのが、冒頭に明かされている企業名、どこに載ったか、発注内容、長さである。

たとえば一話目は「247字で三話ぶん書いてほしい」というこまかいにもほどがあるオファー。キャラメルのパッケージに載るのでこんな文字数になっているのだ。

驚いたのは「文字数は800~1000、または2000字」というもの。いきなりの倍。昼休み、食堂で店主に「かつ丼1つ、または2つください」と注文する客はいないだろう。実は依頼主は女性誌で、800程度なら1ページに、2000字書いたら見開きに載せますよ、というのがうかがえる。

ほかにも、ビール会社からの「商品名を出してほしい。なお特徴はスフレ泡、高貴な苦み、三度注ぎである」という、無言の「できたらこの3つも言ってね!」を感じるお願い、集英社からの「本書『発注いただきました!』がただの寄せ集め本と成り果てないように新作短編を」という有言の圧など、「こんなところからこんなことが!」の20編。

ざんねんなのは、「受注方法」が載ってないこと。まあ「先方が朝井さんの編集者に連絡してきて成立」がほとんどなのだろうが、「あのー、森永ですが、キャラメルの話を書きませんか」ととつぜん電話が来たとか、ピンポンが鳴ってドアを開けたら「競馬のJRAですが、過去のレースから導かれたテーマを、人間ドラマに置き換えた物語をぜひお願いしたく」と背広姿の男が企画書を持って立っていた、ということはなかったんだろうか???

前出のようにビール会社の仕事がけっこうあり(20作中3つも!)、原稿料のほかに、たとえば「その会社の製品が一生飲み放題」ということはなかったのかどうかも知りたい。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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