【第84回】間室道子の本棚 『白い悪魔』ドメニック・スタンズベリー/早川書房

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『白い悪魔』
ドメニック・スタンズベリー/早川書房
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ジャンルとしては犯罪小説で、ノワールやハードボイルドの作家たちが受賞しているハメット賞を受賞。でもバリバリ、ゴリゴリではなく、なんというか、フワフワしている。物語に妙な浮遊感があり、「どこへ連れていかれるの?」という思いが全体を覆っている。

主人公は20代後半のアメリカ人の女優で、冒頭、人目を避け、隠れ暮らしていることがわかる。次の章の1行目に「すべてはローマから始まった」とあり、ある事件でアメリカのダラスにいられなくなった彼女は自分と兄に有利な証言をしてくれたうんと年上の作家と結婚し、ローマで暮らすことになる。ほどなく彼女のお兄さんもやって来た。ふたりは異父きょうだいで仲がいい。よすぎるほどだ。

「私たちは子どものころからそうしてきた。互いのからだに触れ、手を握り、どこに行くにもいっしょだった」とあるが今もそうで、兄が泣いた時、妹は胸に彼の頭を埋めさせ、髪をなでてあげる。ある時は彼の見ている前でブラウスを脱ぎ、ブラ一枚の姿になる。その後着衣したとはいえ、明かりを暗くしたベッドの上でふたりは肩を寄せ合い、背中をボードにつけて坐ったりもする。

こんなに親密なのにはわけがあり、お母さんはできるだけのことをしてくれたが心身ともに男を転々とする暮し。子供たちは互いが頼りだった。

どういう「頼り」の仕方かというと、兄は自分の金持ちの友人に妹を紹介し、デートをさせることで自分もゴージャスな仲間に入れてもらう。妹も年上の男の子にちやほやされるのは嫌いではない。でもそのうちは彼女はBFを袖にする。するとまた新しい相手。これが大人になってからも続いている。

不思議なのは、妹と関係が深くなった男は皆おかしくなってしまうことだ。きょうだいをダラスにいられなくした事件では、兄が紹介した大学生がストーカーめいてしまった。妹と結婚してからの小説家は金欠になり酒の量が増え、悪癖であるギャンブルをまた始める。そして兄が連れてきた最新の男―イタリアの国民的女優を妻に持つハンサムな40代の議員は妹を愛人にしたのち数々のスキャンダルにまみれ、捜査の対象にもなる。精悍だった議員は太りだし、煙草の量が増え、体調不良に陥る。

このように、最初はよかったがやがて妹の人生に良しとしない状態となった人間。その人たちは、これまた不思議なことに・・・。

読んでいくと「すべてはローマから始まった」はウソで、アメリカ時代からきょうだいの周りには不可解なことがあったのがわかる。「井戸で見つかった少年」は衝撃的。

証拠はなにもない。物語に「兄がしました」は一言も出てこない。それどころかある人物がNYで亡くなった後、兄のバイクのキーホルダーに「NYC」という文字があるのを妹は見る。「え、お兄さんってバカなの?」と読者は思うだろう。でもあなたなら誰かを殺しに行った先でおみやげを買い、それをこれ見よがしに付けるだろうか?こんなことをするのは無実の者か、自分がその死に関係あると思ってほしがっている者かだ。

自分が手を下したのかどうか、白か黒かはどうでもよく、兄はただ妹に見せつけたいのだ。自分が彼女のためにどれほどのことができるかを。

著者あとがきによると、この物語はシェイクスピアと同時代の作家・ウェブスターが書いた戯曲がベースとなっているそうだ。

古代エジプトの遺跡に「いまどきの若者は礼儀しらずで言葉遣いもなっとらん」という落書きあった、という逸話があるけれど、17世紀も今も大衆は同じだ。「疑わしきは罰せず」なんてまぼろしで、疑われた者には石を投げ放題。聴聞会は真相究明の場ではなく一種のショウとして開催されるし、マスコミはターゲットを追いかけまわし、見たことも見なかったことも書きまくる。何度か出て来る妹の「人は見たいものを見る」という言葉が、光る涙のように、ナイフのように、読み手の心をえぐるだろう。

すべてをはぎとったとき見えてくるのは、お互いが世界へのドアだった男と女だ。女衒であり守護者。娼婦そして女神。これしか武器がなかった若いふたりが「次はどこへ?」という思いで人生を開こうとした。恐ろしさはない。あるのは、いたましさだ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。

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