【第71回】間室道子の本棚 『歩道橋シネマ』 恩田陸/新潮社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『歩道橋シネマ』
恩田陸/新潮社
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恩田陸さんの最新短編集。あとがきによれば「今回はややホラー寄りのものが集まった気がする」とのこと。ただ、血がドバーとか内臓がでんでろりん、というものではなく、書かれている文章以上のものを読者に喚起させるのがすごい。
恩田さんにとって、これら十八作は「花を咲かせた」とか「実を結んだ」ではなく、「読者に種を植え付けた」かんじではないかと思う。種子は数時間で、あるいは何日か、何か月、何年でもいい、読み手の中で発芽し、それぞれに、このお話と似たなにかやまったく忘れていたものを浮上させる。だからお気に入りの一編は十人十色だと思うし、同じ作品が好きだという人同士でも、感想や読み味は異なるだろう。
わたしの心にいちばん残ったのは、一話目の「線路脇の家」。写真や絵で見た場所を探そうとするお話はミステリーにちょくちょく出て来る。アガサ・クリスティーにも一作あったはず。
物語は、アメリカの著名な画家の「線路脇の家」という絵を知った「私」が、この家を見たことがある、と思うところから始まる。絵は1925年発表で、描かれた建物はのちに有名な恐怖映画の舞台のモデルになったのだが、主人公には「日本国内で見た」という思いがある。
今までいろいろ書かれてきた「記憶の風景」の物語は、登場人物が日常をうっちゃって探しまくるものが多いけど、本作では、主人公が「考えているうちにやがて忘れた」となるのが面白い。だいたい日本でふつうに生活していれば、いくら気になる眺めができたところで「仕事を放り出して」とか「我を忘れて」にはならないものだ。このへんが非常にリアル。
いったん忘却にもぐりこんだ家が、ある時また「電車の窓から見た」とか「窓から中が見通せて、そこにはいつも同じ人物たちがいた」とか、主人公の中でゆっくり姿を立ち上がらせていくのが読みどころ。
そうして記憶にめどがついた「私」はすっきりし、また家のことを忘れてしまう。だがもう一度・・・!
恩田作品のテーマといえば、とファンに聞くと「血のつながり、きょうだいの恋」とか「芸術の向こう側に行こうとしてる人」とかが出ると思う。わたしは「家」をあげたい。
「カリスマ女性作家の住まい」「丘の上の小さいおうち」「山の中に建てられたパノラマ館めいたもの」「主が死んだ湖のほとりに建つ屋敷」「謎めいた寄宿舎」など、恩田作品には魅力的な家がいっぱい出てくるし、どういう人が住んでいるとか誰が訪ねて来たとかを超えて、建物が人を離さないかんじ。待っている、招き入れる、逆に入れない、中から出さない。家は確固たる意志を持って、物語にあらわれるのである。
収録作はどれも短いながら恩田作品のエッセンスがつまっている。あなたのお気に入りはどれ?そしてあなたの中で芽吹いた恐怖はなに?