＜初恋はしばしば「ファースト ラヴ」と訳されるけれど、そこでイメージされる淡さ、甘酸っぱさと全然違う「ファースト　クラッシュ」という言い方がある＞と、冒頭主人公の一人が語りだす。C，R，U，C，Hと綴るクラッシュ。粉々に砕け、ぺしゃんこになること。

物語は、次女が十歳、長女が十二歳、末っ子の妹が六歳という三姉妹のいる家庭に、父親の愛人の子供である少年が引き取られるところから始まる。

この子は父がよそで作った子供ではなく、「夫はずいぶん前に亡くなった」という神戸に住む子連れの女性を貿易会社の社長である父親が出張中に好きになって、神戸に行くたび、こっそりおつきあいしていた。で、このたびその女性が亡くなったので、父は東京の自分の家に男の子を連れてきた。つまり少年と姉妹たちに血のつながりはない。

ここから三姉妹、そしてなんと「夫の愛人の子供の引き取る」という屈辱を味わっているはずの母親までもが、並々ならぬ関心を少年に寄せ、それぞれのやり方で、彼のとりこになっていく、という物語。次女、長女、末っ子の妹、と語り手を変えながら、お話は進んでいく。

まずは次女。この子は十歳にして「私は人間に関する物知り博士」という自負があるのだが、少年のことを「薄汚れたかんじがする」と言う。表面的なことではなく「この子は、人の手が掛けられていない、野卑な感じがする」と彼女は見抜く。

そして自分の家に入り込んで来た異物であるこの少年が「いい気にならないように監視する」という名目で、次女は彼につきまとい、ののしりの言葉を浴びせる。だが少年はある日、彼女に言う「おれをいじめて楽しい？」
呆然とし、口ごもる次女。

少女が「人間に関する物知り博士」だとすれば、少年はある意味「女に関する物知り博士」だった。彼は次女より一つ年上だが、十一歳にして、十歳の少女が「自分によっていたぶられる男」に強烈な欲望を感じているのを見抜いているのである。

ちなみに時が経ち、中学生になった少年は、今度は長女に向かって「大事にすると夢中になるんは違う。男が女に夢中になるのをなんと言うか、知っとう？」と言い放ち、あることを言う。読者全員、ナットク＆ノックアウトされるような言葉を。

その長女が、そして末娘が、さらに母が、少年とどんなことをしているのかは、読んでのお楽しみ！

詠美さんの衝撃のデビュー作「ベッドタイムアイズ」を、思い出した。米軍基地の黒人男性と、日本人の若い女との、官能的な愛と破滅の物語なのだが、女の前にある種の男があらわれた時に起こる、避けようのない愛の反応。仕掛ける側と、そうされる側との、いつのまにかの逆転。その甘美と残酷。これは『ファースト クラッシュ』そのものだ。

よいデビューは初恋と同じなんだと思う。どんなに「次」があっても、最初の自分を突き動かした結晶のようなものを胸に秘めて前進する。エイミー作品の、この野蛮なまで熱さ、新鮮さにしびれる！
 

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【プロフィール】

雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美／文春文庫)、『母性』(湊かなえ／新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃／双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介／文春文庫)などがある。